2004年に衆院当選3回で科学技術相に就き、05年に再任された。今回はそれ以来の入閣となる。永田町で「出世の登竜門」とされる自民党青年局長だった03年、青年局メンバーを中心に党総裁選へ独自候補擁立に動いた。立候補に必要な20人の推薦人まであと数人だった。通商産業省(現経済産業省)出身で、弁護士経験も